韓国ミニ情報トラベル編- 南大門・東大門・済州島などの観光スポットの紹介-
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韓国ミニ情報トラべル編

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10.板門店(パンムンジョン)

2007年02月21日 09:48

 

民族の悲劇の現場であり、 かつ対話の窓口として統一の期待を背負った「希望の地」


板門店は韓国の南北分断の悲しみを最も克明に表している民族の悲劇の現場です。 また一方でここは分断を克服するための対話の窓口として統一の期待を背負った「希望の地」 でもあります。

朝鮮半島の中央を貫いている南北境界線によって分けられた韓国と北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国) のどちらにも属しない非武装地帯である板門店は、世界中で最後に残されたイデオロギーの対決の場として、 今日も民族分断の痛みという現実をその存在によって私達に教えてくれています。またその反面、 南北を隔てた休戦ライン、250kmにもおよぶ壁のうち唯一、南北を結び付けてくれる「開かれた地」 として民族6000万の期待が集まっている所でもあります。

南北が直接、顔を合わせる現場であるため、対立と葛藤、 緊張がピリピリとぶつかり合ってきましたが、時には平和の使節が行き交う場でもありました。 喜ばしい出会いと希望の対話がここでなされたのです。 数え切れないほどの希望と挫折が交差した板門店の歴史はまさにそれ自体が民族の分断の歴史であり、 現代史なのです。

板門店はもともとノルムルリといい、1951年10月25日、開城 (ケソン) で開かれた休戦会談がここに移ってくる前までは、もう寂しい田舎の村でした。 ところがある日突然、国連軍と共産軍が大型テントをはり、 両軍の連絡将校達が正式にここを会談場として定め、名称を板門店とすることを決めました。 板門店にある4軒の藁ぶきの家を中心として直径1kmの円形地域を会談場とし、 その位置を地図上に記して互いに交換したのです。そして板門店での最初の休戦会談が開かれ、 板門店という名前が南北分断の代名詞となりました。

韓国のソウルから西北へ62km、北朝鮮の開城(ケソン) からわずか10kmにある板門店は、北緯37度57分20秒、 東経126度40分40秒に位置しており、行政区域上、京幾道長湍郡律西面にあります。 面積15万坪ほどの円形の丘陵地帯である板門店の真ん中を東西に軍事境界線が走っています。

南北は軍事境界線を境にして分かれていますが、 当初、 休戦協定締結後の1954年11月8日の協約によって、ここに共同警備区域が設置されていました。 これは南北4kmの非武装地帯内に軍事停戦委員会の本部地域をおき、 その中に直径800mの共同警備区域としたもので、 両軍からそれぞれ35名の将兵がこの区域を共同警備することになりました。しかし1976年、 「ポプラ事件」が起きたことで板門店にも軍事境界線が復活し、 両軍は相手方の地域へ入ることが出来なくなりました。

対話という双方の努力を前提としなければならないため、 板門店の未来がどうなるか、無責任に予測することはできません。 ただ遠くない将来に祖国の統一が一日も早くなされ、 板門店を遺跡として観光できる日がくることを切に願うばかりです。

 

 

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